煙たい男たち|Case11 ケラリーノ・サンドロヴィッチ

By RollingStone Japan 編集部
80年代を代表する伝説のバンドのフロントマンにして、伝説の劇団の主宰者。
常に独自の姿勢で創作活動を続けてきた男のブレない哲学とは。


2009年に出版したエッセイ集『労働者K』は、煙草に関する話から始まる。筋金入りの煙草好きらしい。「僕が子供の頃は『今日も元気だ たばこがうまい』なんてCMをやってたのに、今は嫌煙時代。昨日まで白だったものが、急に黒になる。そういうのってちょっと怖い気がしますよね」。独特の穏やかな口調には、何だか説得力がある。「この間もツイッターで煙草のことを書いたら、嫌煙家が束になってかかってきて。そんなに悪者にしなくったって、ねぇ……」。そんなふうに言われて、改めて世の中はずいぶんと気まぐれで移ろいやすいものなのだなぁと思った。一方で、ケラリーノ・サンドロヴィッチことKERAは、その存在を知った時からずっと変わっていない気がする。

彼の名を知ったのは80年代。KERAが「ナゴム」というインディーズレーベルを運営していた時のことだ。ナゴムとともにKERAのバンド有頂天も知ったし、レーベル所属の筋肉少女帯や人生(電気グルーヴの前身バンド)も知った。音楽産業が華やかなりし頃だった。一攫千金、メジャー志向のバンドもたくさんいたなかで、なぜ、KERAはインディであることを選んだのだろうか。「カッコいいと思っていたのがゴジラ・レコードっていうパンク系のインディーズレーベルだったんで、それで自主制作を始めて。でも、独特の閉じた感じにはちょっともどかしさも感じていたんです。言葉にするのが難しいんだけど、きらびやかなスポットライトを浴びる世界でもなく、かと言って〝聴きたいヤツだけ聴けばいい〟みたいなことでもなく、〝聴きたいヤツを増やすために発信する〟。そういう中間が居心地良くて。好き勝手なことができるけど、そこに甘んじてはいられないし」

確かにナゴムはアンダーグラウンドだったが、閉じてはいなかった、媚びは売らないが、こうしたカルチャーに敏感な者のアンテナに圧倒的なパワーで発信していた。でも……ちょっと怖かった。「若い時っていつ間違えた選択をするかわからないから。確かにいつもピリピリしてたかもしれない」。KERAは懐かしそうに笑いながら、伝説として語り継がれているライヴについて話す。いちばん強烈だったのは、あるメンバーのエピソードだ。ライヴ当日、KERAはリハから一緒だった。リハのあと、皆で食事に行くと本番前なのに、そのメンバーはなぜかよく食べたという。そして本番。メンバーにも事前に知らせず、家から持ってきた炊飯器にステージ上で脱糞した。ライヴハウスのスタッフは激怒し、本人はステージにこぼれ落ちたウ〇コを拭きながら、平謝りしていたという。「『もう二度とやりません!』って言ってたけど、翌日のライヴで今度はゲロを吐いて。どうしてそんなケンカの売り方をするんでしょうね。どこか湾曲しているっていうか。これがダメだと言われたから、こうしたみたいな。ユーモラスでシニカルでしたね、ナゴムも周りの仲間たちも」

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