煙たい男たち|Case20 稲川淳二

By RollingStone Japan 編集部
華やかなテレビ界から怪談の世界へ。
夏の風物詩を生む言葉の魔術師に迫る。

パブリックイメージそのままに、とにかくよく喋り、冗談で笑わせてくれる。誰もが知る芸能人なのに、その腰の低さに驚かされる。

デザインの学校を卒業している稲川は、もともとテレビの美術をやるつもりで芸能の世界に入った。学生時代から周りを笑わせていた彼は、飛びこんだ先でも自然と笑いを取っていく。「相手が誰であろうと、ただ笑わせたいだけ。この人は芸能人だとか、この人は違うという考えは持っていません」

稲川を初めてテレビで見たのは中学生の頃だったと思う。80年代中頃で、日本の景気も悪くなかったし、テレビに出る芸能人はスポットライトを浴びる輝かしい存在で、美しさや華やかさを競っていた。そんななか、稲川が見せていたのは身体を張る芸。熱湯を浴びる姿に笑わされる一方で、なぜこの人はこんなことまでするんだろうと、いぶかしくさえ思ったのを覚えている。そんな思い出をぶつけてみると、あるエピソードを聞かせてくれた。

テレビに出始めの頃、稲川は深夜番組を中心に活躍していた。ある生番組の放送中に、稲川は番組ディレクターから、出演していたビキニ姿のモデルに牛乳をかけるように指示され、それに従った。すると、モデルが泣き出してしまったのだ。「こういうのは嫌だなって。だって向こうは、やられるがままなんですよ。これからは自分がやられる側になろうと思って」

こうしていじられる側になった稲川が思いついたのが、リアクション芸だ。ビートたけしが総合司会を務めた「スーパーJOCKEY」で見せた、熱湯に入ったり、中身が不明の箱に手を突っこんだりした時のリアクションは、瞬発芸のように見える。でも実は、リアクションまでの過程や画面に映った時の構図を、しっかり考えたうえで行っていたものだ。

一見簡単そうに見える芸だけにフォロアーもたくさん現れたが、稲川の芸は群を抜いていた。あるリアクション芸の特番でのことだ。若手がたくさん出ていたので、元祖リアクション芸人ともいえる稲川は司会役として呼ばれた。番組では若手がさまざまな芸を見せたが、番組プロデューサーは「つまらない番組になってしまった」と漏らしたそうだ。稲川に代わる芸ができる芸人がいなかったのだ。「ナンバーワンにはなれないですけど、オンリーワンにはなれるんですね。それも悪くないなと思いましたよ」

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