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ガンズ・アンド・ローゼズのクレイジーな瞬間50選(後編):1989 ~ 2010年

Dan Epstein, Keith Harris, Joseph Hudak, Maura Johnston, Katherine Love, Wallace Morgan | 2016/01/17 20:00

| 1985年カリフォルニアにて (Photo by Jack Lue/Michael Ochs Archives/Getty Images) |

ガンズ・アンド・ローゼズが、オリジナルメンバー の何人かで再結成するのではという噂が飛び交っている中、4月に開催されるコーチェラフェスのヘッドライナーとして発表された。

このいつ爆発してもおかしくないバンドの30年の歴史は、セックスとドラッグとケンカと暴動と臨死体験とピューマと女の平手打ちとコカイン舌とケンタッキー・フライド・チキンのバケツを頭にかぶった謎の男に彩られている。
ロック界きってのクレイジーなバンドのクレイジーなエピソードベスト50の後編をお届けしよう。


1989年10月10日:アクセル・ローズ、デヴィッド・ボウイを殴る
26Photo by Marc S Canter/Michael Ochs Archives/Getty Images

アクセル・ローズの短気は多くの敵を作ってきたが、デヴィッド・ボウイを殴ったときは、どうにか友だちになることができた。ボウイは「イッツ・ソー・イージー」のミュージックビデオ撮影現場に現れ、アクセルの恋人、エリン・エヴァリーにただならぬ関心を示した。アクセルは予想どおりの方法でその場を収めた。シン・ホワイト・デュークにパンチを食らわせ、セットから追い出したのだ。ボウイはすぐに謝罪し、ふたりはチャイナ・クラブへ繰り出し夜通し飲み明かした。


1989年10月18日: アクセル、ローリング・ストーンズのファンの前でバンドの解散をほのめかす
27Photo by KMazur/WireImage

4日間にわたりロサンゼルス・メモリアル・コロシアムで行われたローリング・ストーンズのライヴツアーの初日の前座で、アクセルはバンドの恥部を露呈した。「ステージでこんなことしたくないんだ」 ― ヘロイン依存を批判した曲「ミスター・ブラウンストーン」のイントロでアクセルは言った。「でも、やれることは全部やったんだ。だから、このバンドの誰かさんたちが努力しない限り、このステージが最後のガンズ・アンド・ローゼズのライヴになるかもしれない。俺は、ここにいるのがミスター・ブラウンストーンとダンスしてるアホばっかりで嫌になっちまったんだ」 - アクセルの暴言の矛先となったスラッシュは後に、「あの頃は重度の麻薬中毒だったから、自分のことを言ってるってわかった。でも、あれがきっかけでアクセルを憎むようになったと思う」とVH1に語った。


1990年1月2日: スラッシュとダフ、アメリカン・ミュージック・アワードで悪態をつきまくる
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Photo by Ron Galella, Ltd./WireImage

ガンズ・アンド・ローゼズは、90年のアメリカン・ミュージック・アワードでふたつの賞を受賞した。2回ともスラッシュとダフ・マッケイガンがステージに上がり、検閲はディレイ・ボタンを握りしめるはめになった。バンドが『アペタイト・フォー・ディストラクション』で“フェイヴァリット・ヘヴィ・メタル・アルバム”賞をさらった際、スラッシュが「わざわざ来てクソみたいに2時間も遊ぶ」と授賞式の現場に対する彼の認識を表明し、そのあけすけなスピーチは中断された。授賞式の後半でガンズ・アンド・ローゼズが“フェイヴァリット・ヘヴィ・メタル・アーティスト”賞を受賞すると、さらに酩酊したスラッシュは、放送禁止用語を何度か口にした。最初の失言の後、すまなそうに「おっと」と(2回も)言ったにもかかわらず。翌朝、ABCのスポークスパーソンが「昨晩の放送中から今朝にかけて、番組内の不適切な発言に対するお叱りのお電話を多数いただきました」と発表した。


1990年4月7日:ガンズ・アンド・ローゼズ、ファーム・エイドで内部分裂
29Photo by Ebet Roberts/Redferns

待望のアルバム『ユーズ・ユア・イリュージョンズ』IとIIの初お披露目となる、アクセルの故郷・インディアナ州で開催された、ウィリー・ネルソン主催のファーム・エイド4で見せたガンズ・アンド・ローゼズの興味深いパフォーマンスは、バンドがいまだ健在であることを示した。しかし、それは同時に、スティーヴン・アドラーの依存症を主な原因とするバンド内の亀裂の縮図でもあった。ドラム台の上に顔から落ちた後、アドラーはバンドで最後となるプレイをした。いずれにせよ、U.K.サブスの「ダウン・オン・ザ・ファーム」のカヴァーで見せた最高にご機嫌なジャムで、バンドは自身のパンクのルーツを世に示す機会を得た。そして(またもや)、アクセルはテレビの生放送で「クソ楽しかったぜ!」と別れの挨拶をして、ネットワークの検閲を挑発した。


1990年4月28日:アクセル・ローズとエリン・エヴァリー、ラスベガスで挙式
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Photo by Anna Krajec/Michael Ochs Archives/Getty Images

アクセルと長年の恋人エリン・エヴァリーの関係は転機を迎えた。90年4月28日、ふたりはラスベガスのキューピッド・イン・チャペルで結婚式を挙げた。アクセルに「スウィート・チャイルド・オブ・マイン」のインスピレーションを与えたエヴァリーは、48時間以内に婚姻無効手続きを行いたかったと伝えられている。わずか10カ月後の91年1月、結婚生活は法的に終わりを迎えた。「エリンと俺はお互いにひどいことをした」とアクセルは語った。「時にはお互いを思いやることもあった。俺たちの中の子どもは最高の友達だったんだ。でも、ほかの時には、俺たちはお互いの暮らしを粉々にぶち壊した」 - この暴力的な関係は、友人や目撃者には一目瞭然であったが、グレイト・ホワイトがアルバム『サイコ・シティ』でアクセルのパンチから逃れようとするエヴァリーの声の録音を使ったらしいとされ、広く知られることとなった。

Translation by Naoko Nozawa

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