照井利幸、ブランキー時代から始めていた服作りの第二章が幕開け

By Takamura Masashi 2016/04月号 P90〜91 |
店に立たない月~木曜は、服作りについて思索を深める。郊外のアトリエでデザイン画を描いたり、簡単なミシンワークをすることも。(Photograph by Shunya Arai (YARD TOKYO))
ローリングストーン日本版 2016年4月号 
RS Life Style 物作りの原点:照井利幸


名前を"ゼア"という。ここではないそこ、目的地、彼の地。そんな意味が込められているのは、照井が始めた新たなブランドだ。ブランキー時代から始めていた服作りの、第二章が幕開けを遂げた。一体、彼はどこを目指すのか。


照井が、そもそも服を作り始めたのは、人気ブランドのケルト&コブラからだった。アクセサリーやTシャツに始まり、アパレルまでを揃え、多くのファッション好きを虜にした。第一線のミュージシャンが作るという話題性もあった。

照井:最初はTシャツでした。ブランド名を掲げて物を作り始めたら、中途半端はダメだと思い、とことん自分の作りたいものを追求して。いいものができて、それが売れて、店も2店舗作りました。ブランドが大きくなるのはうれしかった。ただそうなると、シーズンごとのパターン化されたクリエーションや、販売、営業からのリクエストに応えていくことが増えてきて、"これが自分のやりたいことか"と疑問を持つようになったんです。

ケルト&コブラを解散した照井は、その後音楽に打ち込む。ウェルドというセルフレーベルを立ち上げて、仲間もできた。

照井:自分がやりたいことを素直にできる環境を作りたかったんです。シグナルズもこのレーベルからですし、ソロアルバムも作りました。ゆかりのない広島の尾道に移住して。そのアルバムには、やりたいことをすべて詰め込んだ。一から十まで自分でやりきった。ツアーも、演出から音作りまで一人でこなしたら、体がガタガタになった(笑)。
 
ある種の燃え尽き症候群だろうか。照井は、いったん音楽を離れる決意をする。そこで今、音楽以外にできることを、と思い立ったのが、かつて杵柄を取った服作りだった。


ショップには、照井所蔵の本やレコード、ターンテーブル、CD、DVDなどを置いている。私物だが、この店が"物を売る"ためだけでないことがわかる。(Photograph by Shunya Arai (YARD TOKYO))

照井:今回こそ、純粋に作りたいものを作ろうと思って。もちろん、自分はデザインを引くだけ。外注のパタンナーや縫製をお願いすれば、自分のイメージと食い違った仕上がりになることもある。ただそこは、人と人とのつながり。多少のセンスのずれや、技術で補えないこともあります。だから、柔軟に状況に応じてアレンジしていくことも大事。結果的に"いいものできたね"と互いに思える物作りをしたいんです。
Interview & Direction by Tadashi Mochizuki (SUN’S&RAINBOW)

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