蜷川実花が語る「走り続けた20年」:ずっと『蜷川(幸雄)さんのお嬢さん』だった

By RollingStone Japan 編集部 2016/08月号 P106〜107 |
赤と黒で統一された室内には、スカル像やマリア像や横尾忠則の作品が飾られる書斎。書棚には、写真集だけでなく丸尾末広、日野日出志などの漫画も。「コンテを描いたり、写真集の文章を書いたり、日常と離れて集中したいときに」(Photography by Yusuke Yamatani)
ローリングストーン日本版 2016年8月号 
RS Life Style 物作りの原点:蜷川実花

走り続けて約20年。ともに時代の変遷の最中、変わることなく我が道を進み続けたふたりの女性にスポットを当てたい。ひとりは、今や日本を代表する写真家。彼女が歩んだ20年に、今何を思うのか。

清濁併せ持つ美しさ。今でも変わらず撮り続けている原点です。

写真家。そして映画監督。それだけにとどまらず、洋服や鉄道、ホテルに銭湯など、数々のプロジェクトでも話題を呼ぶ稀代の女性クリエイター、蜷川実花。今思えば一抹の懐かしささえ感じる90年代後半、ガーリィフォトブームの中心的存在として鮮烈に登場した。
「当時は、なぜ一括りにされているのかも疑問で。『私一人で評価されたい』という思いが強かったんです。有里枝ちゃん(長島)とヒロミちゃん(ヒロミックス)と3人で木村伊兵衛写真賞受賞の取材を受ける機会があって、そのときふたりは『3人で受賞できてうれしいね』って。でも、私は『ひとりで獲りたかった』って思ってた。私ってなんて欲張りなんだ、ふたりはなんて心がキレイなんだって(笑)」

蜷川の名を世に知らしめたのは、ひとつぼ展グランプリ、そしてキヤノン写真新世紀の優秀賞と立て続けに新人アーティストの登竜門を制した1996年、23歳のときのこと。カメラマンの世界では早成といえる彼女を、いったい何が駆り立てていたのだろうか。

「カメラを手にしたのは小学生の時、家にあったコンパクトカメラで。絵を描くのと一緒で何かを表現したいという気持ちの延長。撮ってたのはバービーと溶岩です(笑)。溶岩フェチなんですよ。あの岩が地中では赤くドロドロしたマグマだった事実にグッとくる。バービーも好きだったので、大好きな2つをまとめて撮っちゃえと。清濁併せ持つものは今でも好きだし、主題のひとつなので、やってることは今と変わってない(笑)」
Direction&Interview by Tadashi Mochizuki / Text by Masashi Takamura / Edit by Hiroshi Kagiyama

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