金平茂紀が語る、テレビにおけるメディアリテラシー:「疑いすぎてテレビを諦めないでほしい」

By Joe Yokomizo 2016/10月号 P96〜0 |
TBSの『報道特集』のメインキャスターを務めるなど、テレビ報道の一線で活躍する金平茂紀氏
テレビマンとして40年のキャリアを持ち、現在もTBSの『報道特集』のメインキャスターを務めるなど、テレビ報道の一線で活躍する金平茂紀に、テレビにおけるメディアリテラシーについて聞いた。

―TVで気になるのが、視聴率合戦によるコンテンツ作りです。ワイドショーはあらゆる事象を正義と悪に二極化し、悪のレッテルを貼ったものを徹底的に叩く。視聴率はとれるかもしれませんが、だからこそメディアリテラシーが必要になんだと思うんです。

僕は今、早稲田大学でも教えているんですが、若い人のテレビ離れは加速しています。40年、テレビに携わってきた人間としては寂しい限りです。今の話を受けて、作る側としても、視聴率がよければそれでいいのか、ということは考えます。本来、メディアにとって大切なのは公共性です。今は自分の好きなことにだけアクセスをして情報を取る人が多いけれど、公共的な情報=みんなが知っていたほうがいい情報があるんです。公共的な情報がなくなり、自分の好きな情報や自分に都合のいい情報だけ集めるようになると、ものすごくいびつな社会になってしまう。公共的な情報というのは、社会を成り立たせている基本ですから。テレビで"視聴率が取れないものはやらなくていい"という状況が進めば、本来知らなくてはいけない情報が行き渡らなくなり、社会が劣化していきます。具体的な事例を挙げると、アメリカで地方紙がなくなった地域では選挙の投票率が下がり、議員の多選が続きました。要するに、政治に関心がなくなり、地域全体が荒廃していくんです。地域に公共的なメディアがなくなると、とんでもないことになるとようやくアメリカは気づき始めて、ちゃんと公共情報を発信していくようになってきている。今の日本はその逆で、公共的なものを排除していっています。代わりに、人の劣情や感覚に訴えるものばかりを集中的にやる。死ぬほどオリンピックのメダリスト・ストーリーをやるとか、死ぬほど清原(和博)のことをやるとか、死ぬほどベッキーのことをやるとか。おかしいですよ。

―ええ。

人間の関心はもっと多様であるべきだし、そこが本来メディアが担うべき機能なんです。異質な物や多様性と接し、そうしたなかで衝突や葛藤しながら自分を鍛えていくのが本来の姿だと思います。

RECOMMENDED

TREND