ツェッペリン、アルバム『III』制作秘話:"アコースティック転向"騒動の内幕

「その時は誰も俺たちを理解できなかった」とペイジはため息をついた。「"レッド・ツェッペリン、アコースティックへ転向!"なんて見出しが大々的に出てさ。"お前らの耳と頭は大丈夫か?"って思ったよ。ファースト・アルバムには3曲のアコースティック曲があって、セカンド・アルバムにも2曲入っていたんだぜ」。

ペイジの言うとおりである。『ゴナ・リーヴ・ユー(原題:Babe I’m Gonna Leave You)』や『ランブル・オン(原題:Ramble On)』など、初期のアルバムにもIIIへの流れを予感させるメロウな曲は収録されていたが、『レッド・ツェッペリンIII』では、ペイジとロバート・プラントはバンドのよりソフトな部分を全面に押し出した。それは決して唐突な思いつきではなく、アルバム全体の落ち着いた雰囲気を作り出している。70年代の初め、バンドはほとんど休みなしにツアーを続けた。グルーピーに囲まれ堕落した時期を過ごした後、メンバーは休息が必要だった。

「腰を落ち着けて、ぐちゃぐちゃにならないように曲のストックを整理する必要があった。ツェッペリンは急激に大きくなろうとしていた。でも俺たちとしてはなるべく平坦な道を歩きたかったんだ」と、プラントは後に振り返っている。

ペイジはその頃、カリフォルニア周辺で盛り上がるシンガー・ソングライター・ブームにのめり込み、中でもジョニ・ミッチェルに注目していた。当初ペイジとプラントは、カリフォルニア州マリン郡へ行くことでシンガー・ソングライター・シーンに近づけると考えていた。しかしプラントは、子ども時代に訪れたウェールズにある居心地のよいブロン・イ・アーと呼ばれるコテージのことを思い出した。1970年の初め、2人はそれぞれの家族や恋人を連れてウェールズへ行った。ペイジとプラントはこの休暇で頭をリフレッシュするつもりだった。しかし2人で周囲を散策したり夜の焚き火を囲んで話し込むうちに作曲意欲が湧き上がり、後に『III』の核となる曲を作り始めた。

Translation by Smokva Tokyo

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