ヒステリックグラマー・北村信彦が語る、自身が手がけたプライマル・スクリームのアートワーク制作秘話

By RollingStone Japan 編集部 2016/10月号
PRIMAL SCREAM『LIVE IN JAPAN』2003年、日本国内のみでリリースされたCD、その初回盤は紙ジャケ仕様の限定パッケージだった。ライナーノーツは片観音で展開し、ポスターも付く。今年、UKからリイシューされたアナログ盤は観音開きの2枚組LPに、当時プロモーションのみで印刷した販促用の大判ポスターもセットになった垂涎の仕様。
2003年、〈ヒステリックグラマー〉の北村信彦が盟友プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーからの依頼で、当時、バンド史上初となるライヴ盤のアートワークを手がけたことをご存知だろうか。今年4月、UKからアナログレコード盤としてリイシューしたそのジャケット制作の裏にはどんな想いがあったのだろうか。自らが綴る回想録。

学生だった頃、情報がまだ少なかった時代。レコードジャケットは僕にとっての教科書だった。ビジュアル、文字情報、誰がデザインして、誰が写真を撮って。ワクワクしながらレコードに針を落としいつまでも眺めていた。知らないバンドのレコードを手に 表、裏、見開いた内側の情報だけで音を想像して購入したりもした。ジャケ買いだ。バンドとアーティストとの関係からいろいろな事を学んだ。それは将来の僕の基盤となって今の仕事にも十分に役に立っている。興味が趣味になり、その蓄積から知り合った友人も沢山いる。その一人がボビー・ギレスピーだ。ある日、ボギーから直接の依頼でソニー・ミュージックジャパンから発売される『LIVE IN JAPAN』のCDカバーのデザインを頼まれた。予算や著作権の関係から、新たなバンド写真撮影やライヴで撮影されたプロショットの写真等も使用不可。おまけに与えられた制作期限が2週間。渡された資料はライヴ会場の観客の一番後ろから定位置に固定されたカメラで撮影された映像のVHSのみだった。悩む時間もなかった。暗くした部屋に籠ってビデオを繰り返し再生した。35ミリのフィルムカメラでその画像のディテールを複写することにした。繰り返し複写していると、なんだかその行為にハマっていく自分がいた。結果、300枚以上の写真を現像に出した。それが仕上がるまでの時間はドキドキだった。絶対にバンドが満足する作品にしたい。その思いが膨らんだ時間だった。音源を聴きながら出来上がった写真をコラージュする作業も楽しかった。文字原稿は手書きにすることにした。自分が携わった事へのマーキングだ。10日後、完成したデザインサンプルをバンドにチェックしてもらった。返事はOK。メンバーは喜んでいるらしい。ポスターの依頼も追加された。勢い余って2種類のポスターを制作した。どの作業も苦にならなかった。バンドへの愛を込めた。その効果もあってか、ボビーから直接電話があった。

「NOBUグレートだよ。今回はCDのみだったけど、このデザインでレコードもあったらいいな」

嬉しかった。いい経験となった。それから13年後のある日、一通のメールがきた。ボビーからだった。UKから『LIVE IN JAPAN』がレコード化する、大至急データを送って欲しい......。あの日、電話で交わした会話が現実化する報告だった。

レコードからCDへ移行していく時代を経験している僕らにとって、それは悲しい現実だった。それが今、逆行し始めている。いい傾向だ。詩と音楽とそれを包むジャケットデザイン。総合アートの再来だ......!


NOBUHIKO KITAMURA
北村信彦〈ヒステリックグラマー〉ディレクター。1984年のブランド設立以来、ファッションとロック&アートの融合を日本から世界へ向けて発信、体現してきたパイオニア的存在。
www.hystericglamour.jp

Edit by Hiroshi Kagiyama

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