『レッド・ツェッペリンIV』:71年のこの傑作で、いかにして批評家に反撃したか

By Rob Tannenbaum
傑作『レッド・ツェッペリンIV』で、レッド・ツェッペリンがどのように批評家に反撃したかを読む。(Photo by Michael Putland/Getty Images)
メディアからの攻撃にいら立ち、比類なきアーティスティックな野望にかき立てられて、ツェッペリンはロック史上最高のアルバムを制作した。

レッド・ツェッペリンの4枚目のアルバムは、『レッド・ツェッペリンIV』『無題(Untitled)』『フォー・シンボルズ(Four Symbols)』『Zoso』などさまざまな名前で知られているが、真のタイトルはバンドメンバーがそれぞれに選んだ、発音不能なシンボル4文字で成り立っている。ペイジは、ローリングストーン誌の数人を含む、自分たちに冷たいライターへの復讐のためにやったと語っている。「しっかりした実績を上げているのに、メディアはまだ我々のことを一時の流行だと評していた。それがこの4枚目のアルバムに題名をつけなかった理由なんだ」。ペイジはまた、18か月間にわたって一切のインタヴューを受けつけなかった。

こうして、史上もっとも売れた(最新データによると、米国で2,300万枚だ)ロック・アルバムの1つには、バンドメンバーの怒りがこめられていたのだ。彼らこそ、負け犬の気分の勝利者だ。アルバムの見開きのデザインには、写真も、バンドの情報すらも掲載されていない。業界筋の1人はこんなことは「プロとして自殺行為だ」とペイジに警告したが、結果的にはこのことがこのアルバムの、そしてこのグループの、いまだに続く"学校の怪談"的な空気を作り出している。

ほとんどの作品は70年末から71年初頭の冬の時期に、古くてジメジメしていて暖房も不十分で、ジョーンズが"悲惨"と呼んだ邸宅、ヘッドリー・グランジで制作された。ツェッペリンの作品を隅々までプロデュースし、「我こそはレッド・ツェッペリンのサウンドなり」と言い放ったとされるペイジが、邸宅のプロデュースをも手がけている。ボーナムのドラムセットを石の階段の踊り場に設置し、天井高くにマイクをつるすことで、ペイジは邸宅の自然な音響を取り込んで、『レヴィー・ブレイクス』オープニングの強烈なバスドラムのキックとスネアサウンドを作りあげたのだ。

ヘッドリー・グランジによく来ていた野良犬にちなんだ『ブラック・ドッグ』は、マディ・ウォーターズのサイケ調のアルバム『Electric Mud』を聞いた後でジョーンズが作ったリフが元になっている。曲のペースは速いのだがフラフラしていて落ち着かない。ペイジとボーナムのリズムはあやうくずれそうになっている。そして音楽が終わったかと思うと、プラントが"堅実な女"への渇望を叫ぶ。これは「あからさまな、風呂の中で全部やっちまおうぜというタイプの」曲なんだよと彼は語っている(時間が途切れるような曲の構造は、フリートウッド・マックの初期のブルース・ヒット、『Oh, Well』にヒントを得ている。これもまた、ツェッペリンがいかに幅広い音楽を聴いているか、そして借りているかを示す例である)

同じように、『ロックン・ロール』と『ミスティ・マウンテン・ホップ』(多才なジョーンズのエレクトリック・ピアノをフィーチャー)は、今でもロック・ステーションでヘヴィー・ローテーションのアップテンポなロック・ナンバーだ。プラントが後に"ヒッピー・ディッピー"(いかれたヒッピー)と名づけた後者の曲は、誰もが"髪に花を飾って"いるという公園でドラッグを提供されるというふざけた物語である。その牧歌的なアクエリアス時代のイメージは、もの悲しく響くアコースティックナンバー、『カリフォルニア』にも現れている。この曲には、フォークシンガー、ジョニ・ミッチェルに対するペイジとプラントの強い思いと、ウェストコーストへのあこがれが反映されている。この曲も、プラントが"思いやりのない女"を捨てて、"瞳に愛を宿した"女を探しに出るという旅行記である。
Translation by Tetsuya Takahashi

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