中邑真輔が新NXT王者に:アメリカで活躍する新世代の日本人プロレスラーたち

By Aaron Oster
2016年、NXT王座のタイトルを奪取した中邑真輔
2016年8月に開催された『NXTブルックリン2』において王座タイトルを取ったのは、中邑真輔。1年に2人のNXT王者、そして数多くの若い選手が、WWEで成功する日本人プロレスラーの新時代を告げる。

去る8月に開催された『NXTブルックリン2』は、2016年最高のプロレス大会の1つだと絶賛された。すばらしい名場面が連続の、スリルあふれる一夜だったのだ。そのうち3大名場面が、中邑真輔のNXTタイトル奪取、アスカがベイリーを下したNXT女子タイトル防衛、そしてヒデオ・イタミが登場しオースティン・エイリーズをGTSでぶっ飛ばしたシーンだった(ボビー・ルードの雄大な入場シーンを加えると、4大名場面のうちの3つといえるかもしれない)。

そう、ブルックリン大会はまさに、最近になってWWEに進出してきた日本人選手の旋風が吹き荒れた大会だったのだ。こんなことはほんの数年前ならあり得たことだろうか。過去数十年、北米にはたくさんの日本人レスラーがやってきた。しかし、今年の中邑やアスカほどの業績を上げた選手はほとんどいない。こうなると逆に疑問が湧いてくる。プロレスは日本で根強い人気があって、WWEに次ぐ世界第2のプロレス団体(新日本プロレスリング)も日本にあるというのに、なぜこれまでに日本人レスラーは恵まれてこなかったのか。

日本は長年にわたって、アメリカのレスラーが参戦して、大きな成功を収める場所だった。レスラーは今でも、有名な道場に渡り、"ヤング・ボーイズ"として雑用をこなしながら日本でトレーニングを積むことを選ぶ。そこには確かなトレーニングと、高い評価があるからだ。そして、日本に行こうとするのは成長中の若手だけではない。アメリカでビッグネームの選手も日本でキャリアを変えてきた。リック・フレア、ハルク・ホーガン、アンドレ・ザ・ジャイアントらは、こうしたそうそうたるレジェンド・レスラーのごく一例だ。未来のホール・オブ・フェイマーばかりではない。アメリカではスターになれなかったであろう男たちも日本に行き、根性があれば、大きな成功を収めることができた。マット・ブルーム(アメリカではAトレイン、アルバート、テンサイとして知られる)、スコット・ノートン、そしてミスター・ピープル・パワーことジョニー・エースといったガイジン・レスラーは、日本に渡りビッグネームになりながら、その成功を太平洋を越えてアメリカに持ち帰ることはなかった。

しかし、そこには見返りはなかった。アメリカ人は日本で成功したが、日本人レスラーや日系人レスラーの多くがアメリカで、特にWWEで一旗揚げようとしても、いかに才能があろうが、他の国で成功していようが、必ずしも同じように歓迎されることはなかったのだ。もちろん、故ミスター・フジ(ハワイ生まれの日系アメリカ人だ)は確かに殿堂入りしているし、みんなが覚えている以上に彼のレスラーとしての業績は偉大だ。ただ、ミスター・フジが80年代に演じた漫画チックな悪徳マネージャーキャラは、その後数世代にわたって起きることの先駆けであった。TAKAみちのくやショー・フナキといった優秀なレスラーがアメリカに職人芸を持ち込んだものの、記憶に残っていることといえば、文化的なデリカシーに欠けるストーリーラインと、「Choppy Choppy Your Pee Pee」(おちんちんを切っちゃうぞ)、「Indeed! 」(その通り)といったフレーズだけである。KENSO(鈴木健三)は最終的にはジョン・シナとラップを歌い、ヨシタツは入場曲『J-Pop Drop』で踊ってみせていた。つまり、レスラーというよりはパロディとして扱われてしまっていたということなのだ。 
Translation by Tetsuya Takahashi

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