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ザ・ローリング・ストーンズが語る、ブルーズへの回帰

BRIAN HIATT | 2017/02/11 12:00

| 1970年のザ・ローリング・ストーンズ( Gijsbert Hanekroot/Redferns) |


さらに奇跡のような出来事が重なった。ストーンズのレコーディング初日、エリック・クラプトンが自分のアルバムのミキシング作業に立ち会うためにブリティッシュ・グローヴを訪れていたのだ。奇跡のスペシャル・ゲストは、ストーンズがセッションしているスタジオにひょっこり顔を出した。クラプトンは、自分がまだティーンエイジャーの頃に観たストーンズのブルーズ・ライヴを思い出し、感動していた。「スタジオへ入ってきたエリックのリアクションは、まるで一人のストーンズ・ファンのようだった」とウォズは振り返る。「彼の驚いた顔は、何だかものすごく威圧感のあるものを目の前にした時のようだった」。メンバーはクラプトンに「2曲ほど一緒にやろう」と提案し、クラプトンはリチャーズのギターの中から、セミホロウ・ボディのギブソンを手に取った。70年代後半から愛用するストラトではなく、ブルーズブレイカーズ時代の厚みのある音を再現するこのギターを選んだのだ。アルバムでは、『アイ・キャント・クイット・ユー・ベイビー』の最後にメンバーがクラプトンに拍手喝采を送る様子が聴ける。

すべてが自然で足早に進行し、誰も途中で口を挟むことはなかった。まさかそのセッションがアルバムになるなど、メンバーは夢にも思わなかったという。「だから俺はギターを変える余裕すらなかった」とウッドは言う。「とても濃密な時間があっという間に過ぎた。"OK、始めよう。じゃあ次はこれ、その次はこれ"って感じだった。激しいリフの曲では指から血を流しながら弾いたよ。ミックはそんなのお構いなしに"よし、もう一回いってみよう!"って調子でさ。さすがに"ちょっと待って!俺の指を見てくれ!"って頼んだよ。とても大変だったけれど、楽しい時間だった」とウッドは振り返った。

ジャガーにとっては、好きなブルーズハープを思い切り吹けるチャンスでもあり、普段はあまり見せない彼の中に眠る熱い想いが呼び覚まされた。「もしこういう展開になるってレコーディング前にわかっていたら、家に籠もって何日か練習してきたのに。時々マディ・ウォーターズに合わせて吹いているんだ。簡単さ」。ジョニー・ウィンターも参加したアルバム『マディ・"ミシシッピ"・ウォーターズ・ライヴ』(79年)は、ジャガーのお気に入りの一枚である。

ジャガーのヴォーカルも秀逸である。ブルーズの世界に彼がかつて持ち込んだスタイルは影を潜め、おそらく体重が減ったせいもあるだろうが、よりダークで深い味わいのある声を聴かせるようになった。「70歳の自分をそのまま曲に表現すればいいんだ。21歳の子供にはそれができない。経験の差が歴然としているからね」とウォズは言う。

「年相応に聴こえる曲もあれば、そうでないものもあるさ」とジャガーは反論する。「20歳の俺が歌っているように聴こえる曲もある。意識してやっている訳ではない。俺自身は円熟しているつもりなんだけど」

マディ・ウォーターズがイギリスを訪れていた66年、ある記者が53歳となったブルーズ・マンに、ミック・ジャガーとストーンズについてどう思うかと質問した。「奴は俺の音楽を盗んだ。でも奴のおかげで俺は有名になれた」と答えたという。厳密に言えばウォーターズが、50年のシングル『ローリン・ストーン』からストーンズに名前を与えたのだが、彼なりの洒落で返したのだ。事実、ストーンズの存在がなければウォーターズは、ロンドンの大会場でプレイすることはなかっただろう。

ストーンズは、黒人音楽のひとつであるブルーズをプレイすることに何の躊躇もなかった。彼らは昔も今も、文化的な搾取であるとは思っていない。「そんなことを考えたこともなかった」とジャガーは言う。長々とした馴染みのリフが登場する以前のジャズ創世記には既に、白人ミュージシャンのビックス・バイダーベックがあっという間にジャズ界に受け入れられた。しかし「反論の余地はあるが、白人の方が多くの金を稼いだのは事実だ」
Translation by Smokva Tokyo

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