AAA西島隆弘が語るデビュー11年の光と影:「続けられたのは"救い"があったから」

By RollingStone Japan 編集部 2017/月号 P132〜137 |
Photograph by Chito Yoshida(AVGVST)
AAAのメインヴォーカルとして光を浴びながらも、内側には隠しきれない"影"がある。2016年5月に逝去した演出家の蜷川幸雄も、そんな西島隆弘の魅力に魅せられた1人だ。『下谷万年町物語』で西島を演出した蜷川は「音楽を辞めて俳優の世界に来い」とまで言っていたという。デビューから11年。さまざまな経験を経た今、西島が目指すエンタテインメントとは何なのか。

―歌と踊りは、小さい頃からやっていたんですか?

15歳くらいからですかね。エイベックスのレッスンを始めたのは18歳の時からなんですけど。

―始めたきっかけは何だったんですか?例えば誰かに衝撃を受けたとか。

そういう人は、特にいないんですよ。音楽を始めるきっかけになったのは、ゆずさんです。ラジオから流れていた『夏色』のイントロを聴いてギターを始めて、ストリートをやっていたらブレイクダンスをしている人をよく見かけたんです。当時はストリート系の洋服屋さんやレコードショップしかオールドスクール系のブレイクビーツの楽曲は置いていなくて、しかもカセットの方が種類があったのでそれを買って、我流で覚えながらストリートで踊るようになって。で、アクターズスクール系の人にスカウトされて、その流れからエイベックスのオーディションを受けて今に至る感じですね。

―なるほど。

ただ、オーディションに受かった時、デビューの確約はなかったんです。2年契約のレッスン特待生で、ある程度の待遇はされるけれど、その2年の間にデビューの見込みが見えない場合はそれで終わりっていう感じだったから、すごいリスキーですよね。もしデビューができなかったら2年間、時間をロスすることになるから。

―それはリスクが高いですよ。

高校も転校したし。レッスンが週5であって、土日休み。バイトをしてはダメだと言われていたので、けっこう縛られた環境でしたね。

―バイト禁止ということは、仕送りで?

仕送りというかレトルト食品を送ってもらったりしてました。

―あまり豊かな生活ではなかった?

そうですね。住んでいたのは会社が決めた学生寮だったんですが、12時以降は出入りできないんですよ。デビュー後も住んでいたから合計3~4年いたんですけど、レコーディングがある時は12時を過ぎるじゃないですか。そうすると寮に入れないから、公園で野宿とか。

―マジで?

はい。基本的に全部共有スペースで、風呂場も12時までだったし、個室シャワーはあったけど、その寮は86部屋あるのに2つしかなかったし。洗濯も共同のコインランドリーみたいな所だったので、洗濯したのを忘れて時間が経ってから取りに行くと、洗濯物が外に投げ出されていたり、オレンジジュースを入れられたり、男子寮だけど下着を盗まれたりとか。

―えぇ!?

12時以降は風呂にも入れないから、洗面所の排水溝にタオルで栓をしてお湯を入れて入ったり......。そういう生活が、デビューしてからも数年続きましたね。よくテレビで芸人さんが売れなかった時の苦労話をしているじゃないですか。だから、こういうものなんだろうなっていう感覚もあって。そこに関してはむしろ好奇心がある感じだったんですけど。で、やっとデビューしたものの、毎月の給料は、最初は3万だし(笑)何年か経ち5万になり......。まぁ現実はこんなものなんだなっていうのはずっと感じていましたね。
Interview by Joe Yokomizo, Text by Nanako Kubo(RSJ), Styling by Sachi Miyauchi(Seif), Hair and Make-up by Kohei Nakajima(UNVICOUS)

TOPICS

RECOMMENDED