グレイトフル・デッド、歴史が詰まった写真集が発売|フォトグラファーが語る11枚

Rolling Stone | 2018/01/02 11:00

| 写真集『アイズ・オブ・ザ・ワールド:グレイトフル・デッド写真集1965〜1995』が発売された © Rosie McGee |


フィル・レッシュ(撮影:デイビッド・ガンス 1984年)

© David Gans

「グリーク・シアターはコンサートに適した素晴らしい会場で、バンドもこの屋外音楽堂の音響を気に入っていた」とデイビッド・ガンスは証言する。フォトグラファーであり作家でもある彼は、ラジオの長寿番組『ザ・グレイトフル・デッド・アワー』のホストを毎週務めている。「客席の高い場所からは、ステージの向こうにゴールデン・ゲートが見えた。マディソン・スクエア・ガーデンのように熱狂的なオーディエンスが詰めかける会場に慣れた東海岸の人たちからすると、“西海岸の人間は、何とのんびりとコンサートを見ているんだろう”と驚いたろうね」

「バンドの1ファンだった俺は、後にジャーナリストになった」と語るガンスが最初に見たライヴは、1972年3月のウィンターランドだった。「グレイトフル・デッドをテーマによく記事を書いていて、やがてバンドのメンバーたちとも親しく付き合うようになった。最も親密にしていた時期には、ライヴ会場やプライベートな場所にも出入りしていた。もちろん、カメラを持ち込んでよい場所、悪い場所はわきまえていたよ」

「まだ付き合いの浅かった頃のフィル・レッシュとのインタヴュー中、彼が“お前の宿題用には、もうこの位で十分だろう”と言って話を打ち切ったんだ。“ガンスというジャーナリストは、バンドの音楽を前面に出し、俺たちの現在の活動をちゃんと説明してくれる奴だ”ってことで俺を信頼してくれたんだな、と理解したよ」

ザ・グレイトフル・デッド(撮影:ロージー・マギー 1969年)

© Rosie McGee

「あっという間の出来事だったわ」と、1969年にバンドを撮影したロージー・マギーは思い返した。その年の9月、ワーナー・ブラザースはアルバム『ライヴ/デッド』のリリースを計画していた。音源は、同年前半にフィルモア・ウエストで行われた2公演から選りすぐられた。リリース間際になってレーベルから、「アルバム見開き用のバンド写真が至急必要」とバンドのオフィスに連絡があった。

「ボーイフレンドと一緒にマリファナを吸ったりデートしていた私は、その時バンドのリハーサルを観ていたわ」とマギーは笑いながら語る。当時彼女は、フィル・レッシュと数年間付き合っていた。「私がカメラを持ってその場にいて、ワーナー・ブラザースはラッキーだったわよ」

彼女はすぐさま外へ出て光の状態をチェックし、撮影に適した場所を選んだ。壊れて放置された自動車があり、それが彼女の目に留まった。既に日が傾きかけていたため、彼女は急いで戻り、バンドのリハーサルを中断させた。

「各メンバーを所定の位置に着かせた時、リハーサルに参加していたジャック・キャサディ(ジェファーソン・エアプレインのベーシスト)が泥の中に顔を突っ込んで倒れ込み、最初の何枚かに写り込んできたの。私は彼をどけて仕切り直し、“真剣に”数枚撮ったわ。その中の1枚がこの写真よ」

ワーナー・ブラザースは結局、キャサディが入った写真を選択し、モノクロにしてアルバムに使用した。さらにアルバムの公式な宣伝用写真にも採用された。上の写真は、この時撮影された中からのアウトテイクで、アルバム・ジャケットのフロントとバックに使われたボブ・トーマスが描いた絵画のオリジナルも写っている。トーマスは当時、バンドのオフィスのロフトに寝泊まりし、その代わりオフィスの夜間警備をしていた。

「あの頃の私はただのカメラ好きの女の子だった」とマギーは、バンドとつるんでいた若き日々を振り返る。「当時の私の写真を見た人たちは、“親しみが感じられ、飾らない自然体がいい”って言ってくれるの」


「ドラマーに注目」(撮影:ピーター・サイモン 1977年)

© Peter Simon

1977年春、ピーター・サイモンはローリングストーン誌から電話を受け、次号の記事向けのフォトグラファーとしてバンドから指名されたことを知った。「ジェリー・ガルシアは特に、被写体に意識させない俺の盗み撮りスタイルを気に入ってくれていた。だから俺をどこへでも同行させてくれた。ツアー・マネージャーのスティーブ・パリッシュは、バンドの裏側にまで俺が入り込むことを不安に思っていたようだけどね」

サイモンは撮影のため、同年5月4日のニューヨークでのライヴから、7日のボストンまでの短期間、バンドに同行することになった。

「ジェリーが俺を好きだったのは、それまで付き合った中で最も“左寄り”のフォトグラファーだからという理由らしいんだ。“それはどういう意味? 俺の政治思想が左派だってこと?”と聞くと彼は、“そうじゃない。お前の物ごとに対するアプローチの仕方さ。すごくリラックスして、他人にあれこれ命令せず、その場に溶け込んでいる。正にラブ・アンド・ピースの精神で、俺たちが普通はやりたくないって思っていることを敢えてやれ、ともリクエストしない”って言われたんだ」

その時のローリングストーン誌の記事は実現しなかったが、サイモンの撮影した写真は、その後何年にも渡ってファンの間で出回った。その内の多くは、ボックス・セット『May 1977: Get Shown the Light』で見ることができる。

「その時俺は、このツアーがバンドの歴史上最も素晴らしいものになろうとは思いもしなかった」とサイモンは振り返る。「とにかく楽しい仕事で、バンドに同行するというデッドヘッドにとっての真の夢が叶ったんだ」

Translated by Smokva Tokyo

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