田中宗一郎と宇野維正が語る2017〜2018年の洋楽シーン後編

アメリカの音楽業界は、ティーンエイジャーに対して誠実に音楽を作っている。(宇野)

─最後にRSのランキングを確認すると、6位のカリードにも触れておくべきかなと。彼はさっき話に出たロジックの「1-800-273-8255」でも歌ってましたよね。

宇野 カリードは時代の声になっちゃいましたね。カルヴィン・ハリスの「Rollin」でも、(一緒にフィーチャーされた)フューチャーを食ってたし。

田中 いやいや、「Rollin」のフューチャーのヴァースに勝てるものなんてないから(笑)。で、カリードの『American Teen』は、リル・ヨッティが『Teenage Emotions』というデビュー作で失敗しちゃった“10代”というコンセプトを適切に使った作品だと思うんですよ。最近のR&Bシンガーだとジェレマイにしろ、ミゲルにしろ、最高なシンガーはたくさんいるんだけど、カリードは自分が10代の黒人であることをモチーフにしていることが最大のアドヴァンテージだった。タナハシ・コーツの『世界と僕のあいだに』のカジュアルな音楽版っていうか。そういう意味でも2017年を代表するレコードの一つだと思いますね。


カリード『American Teen』
オルタナティブR&Bの新星として、シーンに颯爽と現れた98年生まれ。朴訥とした佇まいに10代らしい初々しさも窺えるが、メロウな音像を纏ったトラックを乗りこなす、ふくよかで哀感のこもった歌声は本格派シンガーの台頭を告げる。全米4位と好セールスを記録。

宇野 リル・ヨッティの場合も自分が10代であることを前面に出していたけど、アルバムの内容はちょっと散漫でしたね。それに対してカリードが、自殺防止のメッセージ・ソングを通じて支持を広げたというのも象徴的な出来事だと思う。北米のカルチャーに対して思うのは、エンターテイメントの担い手たちが、“10代”をマーケットの対象としてだけではなく、一つの大きなテーマとして捉えていますよね。だから作り手の側も、ティーンエイジャーに対して誠実に音楽を作っている。日本の音楽業界ではティーンエイジャーは搾取の対象だけど、アメリカでは擁護や教育の対象としてみんな真剣に向き合っている。実は音楽性のギャップ以上に、こういう志のギャップの方が大きいのかもしれない。だってこれって、赤ちゃんを連れているお母さんに対して、どれだけ社会が寛容なのかっていうのと根っこは同じ話でしょ? 若者や弱者に対する優しさや寛容さが、そのままポップ・ミュージックの質にも反映されちゃうんだなって。



田中 ロックの時代から“10代”というのは重要なコンセプトで、そこにどう語りかけるべきかは本当に大事なんだけど。

宇野 だから本当は、ミスチルやドリカムとかがティーンエイジャーに語りかけ続けなきゃいけないんだよ。U2がやってることってそれじゃん。

田中 まあ、そこはbacknumberやSHISHAMOがきちんとやってるから(笑)。とか茶化したりして。ごめんごめん(笑)。

宇野 ところで今気づいたけど、RSのチャートにはケラーニが入ってないんだ。それは少し意外だね。

田中 彼女はかなりタフな境遇から出てきた人で。もう22歳とかだけど、やっぱり今の時代の10代を代表していたと思う。チャーリーXCXと並ぶ、ポスト・リアーナ的な存在っていうか、見事に自由で(笑)。サウンドにしても今のトレンドと、TLCとか90年代のテイストが合体してて、そこもいい。

─ケラーニの『スウィートセクシーサヴェージ』も2017年の話題作ですよね。サマソニでのライブも盛り上がってました。



宇野 ていうか、日本では『ワイルド・スピード アイスブレイク』が大きいんだよね。あの映画のサントラは、2017年の洋楽でもベスト・ヒットの一つでしょ。あのシリーズのサントラは日本でもちゃんと売れる、数少ないアクチュアルな洋楽。

田中 あれって、2016年のDC映画のサントラ『スーサイド・スクワッド』とすごく近くて。必ずしも作品集としてはベストではないんだけど、時代を知るためのオムニバスとしては最適なんだよね。ケラーニ以外にも、ミーゴス、ポスト・マローン、21サヴェージ、ヤング・サグ、リル・ウージー・ヴァート、リル・ヨッティと見事な横綱相撲になってて、取りあえずこのアルバム聴いときゃ何となく今はわかるよ、っていう。

宇野 そうそう。だから僕はカルヴィン・ハリスと『ワイルド・スピード』が同時代のラップの入口になるんじゃないかと思ったんですよ。それで応援してたら、ヒップホップ村の人たちからゴチャゴチャ言われるという……(苦笑)。

─最後に、2018年の展望についても伺いたいです。

田中 まず2017年はカニエが不在の年だったとも言えるでしょ? この10年、常に誰もやらなかった先鋭的なことを誰よりも最初にやる、時には倫理的に間違っているようなことさえやる、しかも、それを誰もが注目するしかないようなエグいやり方で、一番目立つ場所でやってきた。でも、それが2017年はついに途切れてしまった。ジェイ・Zとの不仲が大きいんだけど。でも、2018年初頭に予定されてるミーゴスの『カルチャーII』のプロデュースにかかわってるっていう噂があって※。だとしたら、2018年最初の話題はそれだと思う。

※この対談を収録したあと、2018年1月に『カルチャーII』がリリース。カニエが参加した「BBO (Bad Bitches Only)」も収録された



宇野 フランク・オーシャンも、もうアルバムが完成しているって言ってますよね。彼の場合、普通にリリースするとはまったく思えないけれど。そういうメディアがつかみ切れない活動をしながらものすごいものが生まれるって状況は、これからもどんどん増えるだろうから、リスナーには能動性が求められますよね。そういえば、N.E.R.Dの新作はどうでした?

田中 まだ聴いてないんだよね。でも、「Lemon」の、本当だったらbpm90台のビートを無理やり二倍にした高速バウンス・ビートとか、マジ意味わかんなかった(笑)。いい意味で(※取材時点で一般公開されていたのは「Lemon」と「1000」の2曲のみ)。


N.E.R.D『ノー_ワン・エヴァー・リアリー・ダイズ』
ファレル、チャド・ヒューゴ、シェイ・ヘイリーの3人が再集結。リアーナ、エド・シーラン、フューチャーなどゲスト陣や、世相を反映したポリティカルな歌詞に注目が集まるなか、ケンドリック・ラマー&フランク・オーシャン参加の「Don’t Don’t Do It!」が抜群の仕上がり。

宇野 実はファレルって、常に今流行ってるものとは違うものを作り続けてきた人ですよね。今回もかなり奇抜なアルバムで。

田中 これは2016年の話になっちゃうけど、映画『Hidden Figures』(邦題:ドリーム)のエンドロールで流れる「I See A Victory」はすごかったよね。リズムは60年代のR&Bなんだけど、そこにTR-808のスネアとハイハット、重低音をぶち込んでるの。これは誰もやってなかったなと。

宇野 そうですね。ファレルは映画関係の仕事だと、そうやって素直に音楽的にすごいアウトプットもするんだけど、今回のN.E.R.Dでは今のシーンにないものを作ることだけに注力している。簡単に言うと、多くの曲がヒャダインがももクロに書いた曲みたいな構成で、テンポも速いし展開も多くて、違う曲どうしをくっ付けた感じというか。だからトラップみたいに、同じリズムが一曲のなかで続くのとは真逆。でも、今回リリックはファレル史上最もポリティカルですけどね。



田中 へー、楽しみ。でも言われてみれば、2018年を考える上で、構成の問題はあるかも。ここ10年近くずっとループを軸にした反復がポップソング最大のトレンドだったわけじゃないですか。それが変化していくかもしれない。2017年のラナ・デル・レイの作品が出た時に、プロデューサーのリック・ノーウェルズが「彼女のソングライティングにはミドルエイトがあるんだよ。これは失われた伝統なんだ」って話してて。要するに、彼女の音楽にはヴァース、コーラスだけじゃなくて、日本で言う大サビもあるってことなんだけど。でも、J-POPは80年代初頭からずっとそうなわけだから、日本が何十年もなーんも変わらない間に時代が一巡しちゃったな、と思って(笑)。

ただ、それこそベックのレコードも、以前彼がヒップホップやファンクを参照してた時代とは違って、ループ主体じゃなくてフォークの作り方で構成がいくつもある感じだったし。そういう流れもあるにはあるから、2018年にはアメリカ人がaikoみたいな曲を作るようになるかもしれない(笑)。

宇野 日本のリスナーには、たぶんそっちの方が伝わりやすいでしょうけどね。ただ、アメリカ人が飽きたというのはわかるけど、日本には全然伝わってこなかったわけだから、まずは現在進行形の音楽を飽きるまで体感してほしい(笑)。

田中 まずはフューチャーの「Mask Off」を飽きるまで聴いてほしいよね。あの曲がヒットしたことによって2017年はドレイクからビョークに至るまでフルートを使った曲が大量に生まれたんだから。それこそ、ノエル・ギャラガーの新作の最初のシングル(「Holy Mountain」)からリコーダーのリフが流れてきたとき、“ノエルが「Mask Off」を意識してたら、対抗意識丸出しで最高なんだけど”と思ったくらい(笑)。あの曲はそれだけ新しい発明だった。あと、MDMAとパコーセットでいう二大ドラッグの名前を連呼することで、今のトレンドを全世界に知らしめた。とにかくアメリカのラップを中心にすべてのカルチャーが繋がってる時代だから、その面白さに気付くと今のポップ・ミュージックがもっと身近に感じられるようになるんじゃないかな。



田中宗一郎
編集者。音楽評論家。DJ。立教大学文学部日本文学科卒業後、広告代理店勤務を経て、株式会社ロッキング・オンに入社。雑誌「ロッキング・オン」副編集長を務めた後、フリーに。97年に編集長として雑誌「スヌーザー」を創刊。株式E会社リトルモアから14年間刊行を続ける。現在はサインマグこと「ザ・サイン・マガジン・ドットコム」のクリエイティブ・ディレクター。飼い猫の名前はチェコフとアリア。

宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。東京都出身。音楽誌、映画誌などの編集部を経て2008年に独立。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「文春オンライン」「Yahoo!」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社/くるりとの共著)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。1970年生まれ。

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