「愛」と「執着」は表裏一体、安田顕が映画『愛しのアイリーン』に衝撃を受けた理由

─原作の大ファンだったという監督から出演オファーをもらったとき、どんな心境でした?

安田:原作の岩男は熊のような大男で、風貌は自分と似ても似つかないじゃないですか。「なぜ、僕なんですか?」と率直に尋ねたんです。そうしたら監督から「見た目ではなく、内面で岩男を演じてほしい」と言われて。だとしたら、これまで以上に自分の内面をさらけ出さなければならないなと思いました。メイクなども一切せず、そのままでいこうと。あとは現場が教えてくれました。オールロケだったのですが、そこでスタッフさんたちが作り込んでくれた映画の世界観に、とにかく身を投じていく、そのことの幸せを感じながら撮影に挑んでいました。これ、もし他の人が演じていて、それを映画館で観たら間違いなく嫉妬すると思います(笑)。

─撮影中はずっと、岩男という役に入り込んでいたそうですね。

安田:原作や脚本を読み込み、彼が今までどんな人生を歩んで来たのかを知れば知るほど、「岩男と一緒にいたい」という気持ちが強くなっていって。もちろん架空の人物ではあるんですが、自分がそこ(岩男という役)から離れた瞬間に、彼がいなくなってしまう……。彼に対してそんなことはしたくない、彼と同化したくてしかたないという心境に“陥って”いました。それと同時に、「こんな思いをするくらいなら逃げ出したい」という思いが交互に襲ってきました。

─かなり壮絶な状況だったのですね。

安田:ひょっとしたら、それでまだ救われていたのかも知れないです。本当に上手い役者さんだったら、オンオフを切り替えて演じ切ることが出来るのかもしれないけど、自分にはそんなスキルはないし、無理に切り替えたら余計に苦しかったかも。とにかく「日常」が入り込んでくるのが嫌だったんですよ。現場の人たちとしか触れ合いたくないというか。

基本、1人で現場まで行くのですが、たまにマネージャーさんが心配して見に来てくれて。そばにいてくれようとするんですけど、でも僕は「安田顕」には戻りたくないわけです(笑)。それで仕方なく、「いつも本当に感謝しているんだけど、申し訳ないが俺の視界から消えてくれ」と頼んだこともありました。後から「なんてことを言ってしまったんだろう」と思って謝りましたけど(笑)。

─それにしてもこの岩男という人物は、42歳で童貞。未だに母親と一つ屋根の下で暮らしているんですが、この原作がリアルタイムで読まれていた90年代よりも、そういう状況の男性はさらに増えて深刻な問題になっていますよね。

安田:本当にそうですよね。あの田舎の風景……東京から離れた先には、ああいう過疎化した村があって。そこで行き詰まったような暮らしをしている人がいるというのは、原作から20年経っても変わらないのだなということにも驚きました。

─彼の言動はかなりエクストリームではありますが、共感・共鳴するところなどありましたか?

安田:もし僕自身が岩男と同じ境遇に置かれたとして、彼のように手当たり次第に女性とセックスするようなことは、ないとは思うのだけど(笑)、誰かのせいにして生きていたり、ある“出来事”をきっかけに怯えて自暴自棄になったり、相手と一瞬でも気持ちが通じ合えたのに、そのことをすぐ忘れてしまったり……。おっしゃるように彼の場合はエクストリームではあるけど、自分の中の感情として思い当たる節はあるというか。誰しも抱えているであろう“醜さ”を見せつけられた思いはしました。

─そうなんですよね。岩男の“醜さ”に共鳴している自分がいることの衝撃を、観ていて何度も味わいました。岩男だけでなく、この映画に出てくる人たち全員が人間の醜さ、見たくなくて目を伏せていたものをさらけ出していて。おそらく誰が観ても、何かしら共感してしまうんじゃないかなと。

安田:そうそう!(笑) だから、観終わった直後は「もう二度と観たくない」って思う。あとからまた観たくて仕方なくなるんだけど。例えば、こうやって普段生きてきて、目の中にふと飛び込んでくる情報でも、見たくないものって瞬時に排除しているものじゃないですか、無意識的に。でも、本当は目にしているし、感じている。それを目の前にボンと置かれる感覚というか。

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