ベルリンの壁崩壊を後押しした、東ドイツの若きパンクスたちの物語

モーは当初、恐るべき情報量を誇るシュタージのファイルの数々を主なリサーチ対象とするつもりだった。しかしほどなくして、そこには彼が求めるドラマ性が欠けていることに気付いた。

「15歳のパンク少年の尋問記録でさえも、滑稽なほどにフォーマルなんだ」彼はそう語る。「12時間に渡って尋問が行なわれ、主要な部分はかなり詳細まで記録されてる。でもシュタージの人間が残した記録だから極端に形式張っていて、まるで人間味が感じられなかった」

ドラマ性を求めたモーは当時を知る人々を探し出し、彼らの口から語られるストーリーに耳を傾けた。何百時間にも及んだその記録には、墓掘りを強要された若きパンクス、間一髪のところで投獄を免れた青年、そして同情の念から彼らを教会にかくまった牧師補佐の物語などが綴られている。弾圧と投獄に屈することなく、声を上げ続けた東ドイツの若きパンクスたちにはある合言葉があった。「未来を目の前にして、くたばるわけにはいかない」。

「終わりの見えない不況など、社会に居場所を見出せなかったイギリスのパンクスたちは、自分たちに未来はないと感じていた」モーはそう話す。「国の未来が独裁者によって完全に握られていた東ドイツでは、真逆のことが起きていた。東ドイツのパンクスたちは、政府から押し付けられる未来を拒否しようとしていたんだ。セックス・ピストルズをはじめとするバンドに触発されながら、東ドイツのパンクスたちは独自のムーヴメントを起こした。自身の言葉で社会に対する不満を爆発させる彼らを、政府は脅威だとみなしていたんだ」。

本書を執筆する過程で、モーはそれが単なる音楽シーンの記録にとどまらないと気付いた。当時の若者たちは音楽を武器に独裁政権に立ち向かったが、抵抗の手段としてのアートが持つスピリットは今も失われていないはずだとモーは主張する。

「リサーチを始めた頃、今のアメリカが置かれている状況との共通点に気付いたんだ。国民の生活が政府の監視下に置かれ、軍隊さながらの警察が「ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)」をはじめとする抗議活動の参加者を弾圧する今のアメリカは、当時の東ドイツの状況と似ている。この本が取り上げているのは過去の出来事だけど、そこから現在の社会の姿を読み取ることができるはずなんだ」

アメリカにおける草の根活動の隆盛は事実かもしれないが、スマートフォンに代表される利便性の虜となった欧米の人々の大半は、もはや飼い慣らされてしまっているように思える。自由が奪われているという実感を持たない人々は、当時の東ドイツと現在の世界に共通点を見出せないのではないかという危惧に対し、モーは異を唱えてみせる。

「同じようなシーンが生まれることを期待しているわけじゃない。でも若者たちによるムーヴメントが社会の変化を促したというこの史実からは、学ぶことが多くあるはずなんだ」彼はそう語る。「妙な髪型の若者たちが結束して社会を動かした、その事実に僕は魅了されたんだ。東ドイツに生きたパンクスたちは逮捕され、打ちのめされ、そして投獄された。それでも、彼らは決して諦めなかった。刑務所を出るとまた革ジャンに身を包み、再び闘争へと身を投じた。彼らのそういう姿勢に多くの人々が感化され、やがて大きなムーヴメントが生まれた。自分たちの声が決して無力ではないということを、人々は彼らから教わったんだよ」。

Translated by Masaaki Yoshida

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