ジャスト・フォー・ア・モーメント

ロッド・スチュワートやザ・ローリング・ストーンズのロン・ウッドも在籍したフェイセズ。そこを73年に脱退したのがシンガー兼ベーシストのロニー・レインだ。彼の最初のソロシングルは、運に見放された男の物語をマンドリンとスクウィーズボックス(アコーディオンの一種)の響きに乗せて歌った軽快なナンバー「ハウ・カム」。この曲は、当時のイギリスのチャートでヒットを記録した。だが、レインの運命はその後、歌の主人公と同じような道をたどりはじめることになる。発表されたレコードはどれもまったく売れず、そのほとんどがアメリカではリリースすらされなかった。自分のバンド、スリム・チャンスを引き連れて行われたUKツアーはサーカスの一団も同行するという野心的なプロジェクトだったが、興行的には大失敗に終わった。さらに追い打ちをかけるように、70年代後半には難病の多発性脳脊髄硬化症を患う。そしてレインは、しだいに音楽シーンの一線からは姿を消していってしまう(結局、彼は97年に他界した)。このアルバム『ジャスト・フォー・ア・モーメント』は、彼の70年代後半のソロ音源を集めた初のアンソロジーで、珠玉の名曲を網羅してくれている点がうれしい。「エニィモア・フォー・エニィモア」や「クシュティー・ライ」(レインのよき友人だったピート・タウンゼントがプロデュース)といったリラックスした雰囲気が心地よい。フェイセズ時代の仲間のロン・ウッドと共作したタイトルソングも聴きどころだ。スモール・フェイセズ時代の60年代R&Bやフェイセズ時代のアリーナ向けのブルースロックと比べると、レインのソロ時代の音楽は、イギリスの田舎地方のユーモアを取り入れ、肩肘張らずに聴けるロックになっている。そしてそれと同時に、彼自身が送っていた困難な日々を跳ね飛ばすかのような不屈の勇気で満ち溢れている。

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