安全は絶対ではない。予想されていたのに、なぜ福島の原発事故は起きたのか。
これからの原子力のあるべき姿は? 理想のエネルギー体系は?
原子力技術開発の黎明期から今回の事故が起きるまで、研究者として半世紀にわたり日本の原子力を見てきた男、舘野 淳。
科学的・合理的に考えた、日本のエネルギーの未来とは。
——専門はいわゆる原子力ですか?
「そうですね。ただ、私が勉強していたのは、大学にもまだ原子力学科がなく、アメリカから原子力を導入しようとしていた時期です。1959年に大学を出て、日本原子力研究所(当時。以下、原研)に入りました。その頃、原子力は実用化されていなかったので当然原発もなく、私の一生のうちにいつか実用化されればいいなあと思っていたくらいです。それがあっという間に原発が建って、こういう事故まで起きてしまった……」
——その原子力が科学としてここまで急速に、しかも無秩序に発展してきたのはなぜなのでしょう?
「研究者たちには原子力という新しい技術への期待があり、それを自分たちで開発していくんだという気概があった。原子力を実用化すれば、金儲けというだけではなくて、新しい産業を日本に根づかせることができる。安全性さえ確保されれば、科学技術を有用に使うというのは、反対されることではないんですね。『安全性を確保して確実にやっていくべき』ということは、研究者もシンポジウムなどで相当言っていた。でも70年に原発の商業運転が始まると、いろいろ故障が起こってきました。それで研究者がおかしいところを指摘しても、当局の逆鱗に触れて、いろんな形で弾圧が始まる……そういう経緯があるわけです」
——最初に運転を開始した時、科学的な安全は保障されていなかった?
「いませんでした。しかし安全だと強調して、開発が進んだわけです。今回の福島のような冷却材喪失事故については、73年の原研のシンポジウムですでに議論され、予想されていた。にもかかわらず、今回の福島のような事故が起きた以上は、原子力が国民から見放されても仕方ないと思います」
——その予想がありながら、なぜ今回の福島の事故が?
「批判する側の力が弱かったということでしょうね。それと、どんな技術でも、使いながら一方で改良していけばいいという考えはあるわけです。もちろん、深刻な事故を起こしてはいけないわけですが。初期に重大事故が起これば、そこで判断を迫られていたとは思いますね。この規模の事故がまさか起きるとは、誰も予想していなかった」






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