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樋口健二 インタヴュー「ボロ雑巾のように捨てられた原発労働者たちのために、今オレが語るしかない」

kenji higuchi 00 樋口健二 インタヴュー「ボロ雑巾のように捨てられた原発労働者たちのために、今オレが語るしかない」

被ばくの危険にさらされ、健康を害しても 十分な補償も受けられず、働くことを強いられてきた原発労働者たち。 その問題を約40年追い続けてきたのが、写真家・樋口健二だ。 原発を動かしているのはコンピューターではない、人間だ—— 数多の被ばく労働者のために、樋口は力の限り撮り続け、語り続けている。

——約40年もの間、原発労働者の問題をテーマに撮り続けておられます。そこにいたるまでの経緯は?

「1961年の秋、カメラ好きの友人に『絶対行け』と言われてロバート・キャパの写真展に行って、身の震えるような衝撃を受けたの。その帰りには写真家になる決心をして、『自分は日本の民衆を撮ろう』と。72年の暮れ頃、東京電力で原発についての話をきいたら、まさにバラ色の宣伝だった。でも四日市公害でも、最初はコンビナートの光景が“100万ドルの夜景”なんてもてはやされていたのに、75年には認定患者が1100人を超え、数百人が亡くなっていった。それが重なって、最初から原発には疑いを持ってたんだよね。それで73年に、柏崎刈羽原発の反対運動から原発問題を本格的に取り上げるようになったんだ。74年、原発労働者の岩佐嘉寿幸さんが初めて原発被ばく裁判を起こした(17年にわたる裁判の末、原告側敗訴。原告は放射線皮膚炎と診断されていたが、被ばくによる病と公的に認定されないまま死亡)。彼に話をききにいったら、やたら怒られたわけですよ。『メディアもみんなよってたかってオレを潰す!』と。怒鳴られて投げ出そうと思ったけど、大新聞まで裁判を潰すような記事を書いていて、『この国はこのままではダメだ』と腹を決めたの。世の中を変革するにはまず啓蒙運動しかない。誰もやらないし、オレが写真でやってやろうと思ったの。それで必死に原発労働者を追い始めた」

——そこから長い道のりが始まるわけですね。

「『原発五族』ってのがあるの。原発には政治屋、官僚、財界、学者、大マスコミが関わってる。それに司法と、人出し業の暴力団も絡んでるんだよ。電力会社は、原発をできればやめたいのよ。危ないし、文句ばっかり言われるし。でもなぜやめられないかといえば、原発を造ってる財閥にとって金のなる木だから。日本で100万キロワット級の原発を1基造れば、6000億円というのが相場だよね。この規模のプロジェクト、ほかにありますか? ベトナムにも原発の売り込みをしているし、東芝はウェスティングハウスを買収、日立はGE、三菱はアレバとくっついて、『国際的に原発をやる』システムを作っちゃったんだ。電力会社からの元請けを三井、三菱、日立、住友と財閥系がやってて、その下には下請け、孫請け、ひ孫請け、人出し業。さらに人出し業が農民、漁民、被差別部落民、元炭坑労働者を含む労働者たちを抱えてる」

——彼らが最下層で、搾取されながら危険な労働を強いられていると。

「原発労働は差別だからね。電力会社から労働者に出るお金が、ひとり当たりだいたい1日5〜7万。そこから元請け、下請け……と搾取して、結局本人に渡るのは1万円くらいなのよ。金になるから少年まで使うんだ。かわいそうじゃないか、被ばくしてもその事実をもみ消され、労災認定ももらえず、がんや白血病になったり働けなくなったりして、捨てられてる人がいる」


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